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十一月十三日 水曜日① 反応

Auteur: ドラドラ
last update Date de publication: 2026-05-11 17:05:47

 目覚ましが鳴るより少し前に、目が覚めた。

 意識が浮上した瞬間、胸の奥がざわついているのが分かる。

 天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。

 昨夜、何度も鏡で確認したあの色が、まだ夢の続きみたいで、現実感が追いついてこない。

 ゆっくりと体を起こし、洗面所へ向かう。

 スイッチを入れると、白い光が狭い空間を満たし鏡を見る。

 ――銀だ。

 昨日と同じ。当たり前のはずなのに、その事実に小さく安堵している自分がいる。

(逃げていない。ちゃんと、向き合った)

 水で顔を洗うと冷たい感触に、少しだけ現実に引き戻される。

 顔を拭きながら、心臓の鼓動が耳に残る。

 いつもより、少しだけ早い。

 今日は、出勤日だ。

 職場で、どう見られるだろう。笑われるかもしれない。引かれるかもしれない。

 そう考えるだけで、胃の奥がきゅっと縮む。

 それでも、もう戻れない。黒に戻す選択肢は、頭のどこにもなかった。

 銀色は、もう俺の一部だ。

 ◇   ◆   ◇

 作業着に着替え、アパートを出る。自転車に跨り、ペダルを踏む。

 朝の空気が、頬を刺す。

 ヘルメットを被った瞬間、内側で髪が擦れる感触があった。

(いつもと、違う)

 それだけで、また心拍数が上がる。

 工場のシャッターが見えた瞬間、心臓が一段、強く跳ねた。

(行くしかないだろ。もう、ここまで来たんだ)

 自分に言い聞かせるように、足を止めずに進む。

 事務所に入り、タイムカードを押す。

 カチリという音が、やけに大きく感じた。

 その直後、聞き慣れた声がした。

「あら――」

 経理のおばちゃんの声が、途中で止まった。

 視線が、俺の顔――正確には髪に吸い寄せられるのが分かった。

 一瞬の沈黙。

「……え? 誰かと思ったら」

 次の瞬間、目を細めて笑う。

「けいちゃんじゃないの」

 胸の奥が、ふっと緩む。

「おはようございます」

 声が、思ったよりも普通に出た。

「びっくりしたわよ。朝から知らない人が来たかと思ったじゃないの」

 冗談めかして言いながら、じっと俺を見る。

「それ、どうしたの?」

 視線は率直だが、嫌な感じはしない。

「気分転換、です」

 少し照れながら答えると、おばちゃんは小さく頷いた。

「へえ……長いこと、ここで働いてるけど、銀は初めて見たわ」

 一拍置いて、にっこり笑う。

「いいじゃない。似合ってるわよ」

 背中が、じわっと熱くなる。

「ありがとうございます」

 その一言で、ここに来てよかったと思えた。

 工場に入ると、すでに何人かの同僚が作業の準備をしていた。

「おう」

 同僚たちに声をかけられ、振り向く。

「……おお?」

 一瞬、誰だか分からなかった、という顔。

「いい色じゃないか、それ」

「ほんとだ。銀かよ」

 からかい半分だが、そこに悪意はなかった。

「似合ってんじゃん」

 その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなる。

 周りを見渡すと、改めて気付く。

 茶髪。金髪。ピアス。

 溶接面を外せば、意外と自由な頭ばかりだ。

(……こんなもんか)

 俺だけが特別、というわけじゃない。

 勝手に大騒ぎしていた自分が、少し可笑しくなる。

 拍子抜けしながら、作業に入る。溶接の火花が散り、いつも通りの音と匂いが広がる。

 身体が覚えている動きは、何も変わらない。

 世界も、仕事も、昨日と同じだ。

 ◇   ◆   ◇

 昼休みに弁当を片手に、スマホを開く。

 掲示板に、職場の反応を書き込むと、すぐにレスが流れる。

 思っていた反応とは違うという流れを眺めて、思わずくすっと笑った。

(だよな)

 同じ感想を持っている人間がいる。

 それだけで、肩の力が抜ける。

 不安を共有できる場所があるのは、ありがたい。

 でも――

(ここからが、本番だ)

 俺は、改めてスレにどこで出会いを探すかの安価を書き込む。

 指を離した瞬間、胸が少しだけ締め付けられた。

 仕事に戻ってからも、そのことが頭の片隅に残る。

 溶接の音の裏で、早く更新を見たいという気持ちがうずく。

(集中しろ。仕事だ)

 そう自分に言い聞かせながら、手を動かす。

 ◇   ◆   ◇

 定時になり工具を片付ける。

 早く見たいが、いつもの生活を崩すのは、まだ少し怖かった。

 コンビニで弁当を買い、ビールを一本取り帰宅。

 部屋に戻り、靴を脱ぐなり、スマホを手に取った。

 通知の数が、多い。

「……え」

 思った以上のレス数に、思わず声が出る。

 スクロールしながら、安価結果を探す。

 途中で、目が止まった。

 ◇   ◆   ◇

 132:名前:名無しの使い魔

 恵比寿駅。

 147:名前:名無しの使い魔

 あーこの前の画像な

 この美容院わりと有名だから、俺は勝手に恵比寿だと思ってたわ

 ◇   ◆   ◇

(なんでわかるんだよ……)

 背筋がぞっとする。

 正直怖いなと、打ち込みつつ、さらに遡る。

 そして、安価結果が見えた。

 ◇   ◆   ◇

 130:名前:名無しの使い魔

 街コン

 ◇   ◆   ◇

 画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

(……街コンか)

 正直、縁がないと思っていた言葉だ。

 さらに、その下、服装の安価をする事まで、すでに決められている。

 やれやれ、と小さく息を吐く。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 俺は服装安価を打ち込み、街コンを検索する。

 知らない世界が、画面の向こうに広がっていた。

 怖い。正直、かなり怖い。

 それでも、昨日より、ほんの少しだけ、前を向いている自分がいる。

 銀色のまま、俺は画面を見つめ続けた。

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